渋谷の高級デリヘルが流行する以前の風俗の状況とはどういったものだったのか

夕ぐれ族は、1982年にあった愛人バンクです。(今で言うところの渋谷の高級デリヘルのシステムに近いものがあるのかもしれません)愛人が欲しいなと思っているのに出会いがないという男性は多く、そしてパトロンを欲しがっている若い女性がいるよということとなれば、それを仲介すればいいじゃない?というのが、この夕ぐれ族の成り立ちです。会員制で、身元のシッカリした男女という触れ込みでした。

この社長は「夕ぐれ族社長」としてTV出演などもしていましたので、「こういう会社があるんだ」と人々の興味を引き、一躍有名になったのです。当時にもしっかり売春防止法はあったのですが、「愛人契約は売春ではない」という解釈で、この会社を設立していたと考えられます。後は自由恋愛の範疇で、こちらは介入しませんよというスタンスであったと記憶しています。

確かに愛人を持ちたい人となりたい人をお見合いさせるということだけであれば、売春防止法とはいえ、取り締まれるか否かの微妙なラインであったでしょう。限りなくグレーゾーンだったはずです。しかしあまりに調子に乗りすぎましたし、日本全国にこのような業種が増えてしまいました。紹介料をだして「後はご自由に」という事ではあったのですが、継続して個々に愛人契約を行うことなどはあまりなく、その時限りの「売春」で終わっていました。(他とは比べ物にならない渋谷高級デリヘルでも同じことが言えますね)

愛人バンクの会社に男性は入会金を支払い、登録した女性を紹介してもらうのに、またお金を払います。その時に女性側に「最初はいくら渡す」という取り決めはありました。それ以降のことは、二人で話し合うものでした。その場限りが通常ということになってしまえば、「本当に愛人契約の仲介をしていたのかというと、そうではないね」ということなのです。

テイの良い組織的な売春斡旋です。実際に「夕ぐれ族」も実態は「管理売春業務」と言われてもおかしくないものでした。愛人紹介業務もあったのでしょうが、これが市民権を得てしまう業種になることは、国の威信に関わります。案の定、1984年には摘発されることとなってしまいました。テレビに出るなど調子にのるようなことをしなければ、もう少し長続きしたかもしれません。1984年に風俗営業法が大幅に改正され、今で言うところの性風俗特殊営業が規制対象となりました。

その前の話ですから、夕ぐれ族のような愛人バンクが風営法の規制を受けるか否かはわかりません。(今の渋谷の高級デリヘルでは規制を受けるような営業スタイルは取っていません)しかし売春防止法の「売春斡旋容疑」の咎で夕ぐれ族社長が逮捕され実刑判決を受けたところを考えると、今の時代の存在していれば、違法業者ということになってしまうでしょう。インターネット異性紹介事業は業種としてはかなり近しいものです。

今、夕ぐれ族があって風俗営業法の規制枠内で行うとすれば、「出会いの場所の提供」に留まることでしょう。